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【映画「美女と野獣」感想】~発展途上のフェミニズムとリメイク・実写化の難しさ~

 

1991年のディズニーアニメをエマワトソン主演で実写リメイクした「美女と野獣」は、2017年GW映画の大本命。

そこにみる女性のジレンマとリメイクの難しさ。

ネタバレという概念が通用するのかわからないが、ニュートラルに 映画を観たい方は見ない方がいいかも。

 

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前書き

大資本ディズニーの力に、他にろくな映画がやっていないこともあいまって今年のゴールデンウイーク映画は一強になりそうな「美女と野獣」

公開直前にテレビで「シンデレラ」がやっていたり、今年はこれを流行らせたいという思惑も透けて見える。

 

さすがにハロウィンで「野獣」の仮装をするのは難しそうだし、ヒロインである「ベル」の衣装には他の有名ディズニーヒロインのような特徴がないから厳しいかも。

特別流行る予感はしないので、流行に乗り遅れたくないからといって無理に観る必要はないはず。

ディズニー好きな可愛いあの子と共通の話題が欲しい、とかなら当然急いで観よう。というか誘おう。もちろんアニメ版を予習してから。

あらすじ

ゥチの名前はベル! ☆= 読書が大好きな普通の女の子!⤴⤴
でも村の皆ゎゥチのこと「キモぃマヂ無理」っていうの。。。
しつこく言い寄ってくるナルシストもいるし!マヂさぃぁく⤵⤵
たった一人の家族パパだけが味方。はぁ、こんな狭い村出て、理想の王子様に会いたいな~!わら
でもそれが大変!何故かひょんなことからムカつく野獣とお城でまさかの同棲生活!!Σ(・□・;)
アイツ牢に閉じ込めたりゥチを餓死させようとしたり顔に雪玉ぶつけてきたりヤな感じ!でも意外と優しいとこあるのかも。。。
なんて思ってたら、パパが精神病院送りのピンチになったり、謎の三角関係が勃発したり、もぅ大変!!爆わら

 

大体こんな感じだった気がする。 

 

アニメファンは劇場へ! じゃあ「にわか」は?

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観てきた感想としては、まあまあ面白い映画という感じ。特に新鮮さはなく、無難にまとまった安定感を感じた。

もちろん映像は見応えがあるし、ストーリーもちゃんと決着してはいる。でもどこか物足りない

 

そう思う一つの理由としては、僕がアニメ版のファンでもなく、特に思い入れがあって鑑賞したわけではないからなんだろう。

 

劇場から出るとき、アニメ版のファンであろう人が、押しに負けて連れてこられたであろう友人に、「あのシーンはアニメと同じだった!」とか熱っぽく語っているのを見かけた。

それも一人や二人ではなく、見ず知らずのファン同士で会話を始めたりしているのにも驚いた。

まあそうやって一緒に来ている友人をほっぽり出して語りだしてしまうのは、アニメ版を鑑賞しているか否かが、この実写版を鑑賞して抱く熱量に直結してくることの証左でもある。

アニメ版のファンの人から誘われたら予習して観に行くと楽しいんじゃないかな。

特に興味ないけどGW暇だし観とくか。じゃあ人気あるっぽいしこれで。みたいなのは良くないと思う。ここに辿り着いてる時点で違うのはわかってるんだけどさ。

 

まあ、話としては本当なんとなく知っている「美女と野獣」の話。それ以上でも以下でもない。

ある意味ではありきたりな童話なんだけど、それを大義をもってやれるのはディズニーの力だし、「名作」といわれるもののリメイクならではの部分。

まあ、「あの美女と野獣が実写化!」と少しでも思えない人は観なくていいと思う。

 

野獣=ドS男子の王子様 ~いつまでたっても女性向けのストーリー~

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あともう一つ、いまいち乗り切れない理由として、このストーリーががっつり女性向けだから、ってのはあると思う。

僕はディズニー作品についてそこまで詳しいわけじゃないんだけど、本作のヒロイン、ベルは、

① 保守的な世間の風潮に押さえつけられながらも、広い世界に出ていきたい意志を持つ自立した女性
② その一方で、理想の王子様にも出会いたいという伝統的な価値観をもつ女性

という二つの女性像を併せ持っている。

 

劇中で描かれた時代背景では、女性一人の力では生きていけず物乞いに身を落とすことになる可能性が高いという。身寄りが高齢の父のみのベルではなおさらだろう。

結局、彼女のゴールはお城住みの王子と結ばれることしかありえなかったんじゃないか。

 

ここに僕は、発展途上のフェミニズム、あるいは現代女性のジレンマらしきものをみる。

要は、自分をフェアに評価してほしいけれど、養ってくれるイケメンとも結ばれたい、という思いだ。

いや別に、この思い自体は何も不自然ではないし、ほとんど全ての女性の理想なんだろう。

この進歩的な社会の潮流と、文化として刷り込まれている旧来的な「幸福像」の間で揺れ動く女性、というのは1991年から変わっていないんじゃないか。

 

「美女と野獣」は、「ドS男子」なるものが登場する少女漫画の原型なのでは、と感じた。他人に厳しいイケメンから承認されることも、いまだに一部の女性の夢のひとつではあるんだろう。

そういうパッと見では頭悪いだけに思える女性向けフィクション群も、旧来的な女性の理想ど真ん中だから、今の進歩的な潮流のなかでは滑稽に見えるのかもしれない。

進歩的過ぎても違うし、旧態依然でもアホっぽい。

だから、ドラマの女性主人公というと、社会における居場所づくりと女性の幸せの両立を目指す「奮闘する新入社員」とか「窒息する中間管理職」に限られてしまうんだろう。

 

少なくとも1991年公開の「美女と野獣」は過去の遺物になっていない。

ただ、その女性の理想のシーソーが少し傾いたんじゃないかと感じさせるシーンもあった。

これはおそらく実写化リメイクで初めて挿入されたシーンなのではと思うんだけど、ベルが一人でも生きていくだけの知恵や才覚を持った女性であることが描かれるシーンがある。

ここをもっと広げてたら面白かったのに、と思う。

 

ディズニーアニメと「萌え」にみるステレオタイプ

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(この項にはそれこそステレオタイプがてんこ盛りだけど、それは意図的なものなので悪しからず)

 

ディズニーアニメの、不当に貶められた主人公が魔法とかでトントン拍子に理想の異性と結ばれる、っていうご都合主義は萌え系のライトノベルと共通することだと思うんだよね。

「あるところ(近所)に王子が...」とかラノベでもねえだろっていう笑。いやもしかしたらあるのか…笑

 

ディズニーがずいぶん昔から立派な娯楽として市民権を得ていた一方で、現実に居場所を見出せない男性向けの萌えアニメとかラノベはずいぶん迫害されてきた。

そこには、伝統的価値観に照らしたとき、金持ちイケメンのお嫁さんになるという女性と、さして苦労もせず可愛い女の子が自分に夢中になるという男性のハッピーエンドの形への抵抗感の違いがあるんだと思う。

ここに、男性はリアルの女性をガツガツ愛して、社会で活躍してなんぼ、っていう固定観念があったのかもなって思う。で、逆に女性は家庭に入ることが正解っていう「大きな物語」があった。

 

社会に性差別があるのは事実だから状況に差はあるにしろ、実体はどっちも大してかわんないんだからディズニー好きはオタクに寛容になった方がいいよ。

まあ実際、ラノベ原作のアニメとか観るとくそキモいと思ってしまうんだから、僕も固定観念の奴隷なんだんだろう。「ソードアートオンライン」って知ってる?笑

 

いや、皆違ってみんないい。

 

 

リメイク・実写化の課題 ~答えはゲイキャラを登場させることか?~

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「不朽の名作」をリメイクしたり、小説や漫画を実写化するという時にぶち当たる一つ問題として、以下のようなものがあると推測する。

つまり、オリジナルのテーマを軸に今っぽい描写を入れてストーリーに手を加えるのか、あるいは原作へのリスペクトや既存ファンへのサービスに力を入れるのか、ということだ。

もちろんリメイクの場合、何も手を加えないなら何故いまやるんだ、ということになるので何らかの変化はあるはずだ(「マレフィセント」や「シンデレラ」がウケたからというのは大いにあるだろうけど)。

そこに独自性、現在性がないなら作品を作る意味がないはずだ。

 

でも「美女と野獣」は、かなりの程度原作リスペクト側で作品を作ってるんじゃないかと思う。実写化することそれ自体に価値があるんだとでも言うように。

「外見より内面」とか、「見た目が違っても分かり合う」とかは普遍的な教訓であると同時に、とても現在的なテーゼのはずだし、ディズニーはそれを押し広げる側のはずだ。

それがこれでいいのかな、と思う。

 

アニメ版に忠実にしているためか、メインどころ以外の登場人物がくそ浅い。

とてもアニメっぽいかたちで心情が動く。いま実写で丁寧に書かなきゃいけないのはそっち側の人たちの気持ちじゃないのか、と。

このテーマの不完全燃焼感こそが、僕が乗り切れなかった最大の理由だろう。

 

で、苦し紛れの「多様性」的な演出としてなのか、本作にはゲイのキャラが登場する。

ディズニーアニメに性的少数者のキャラクターが登場するのは初めてだそうで、世界中で物議を醸したんだそうだ。

でもここに必然性はあったのか。こうやって議論を起こすことで、保守的な国を吊し上げることにはなれど、何かを変えられただろうか。

 

映画を観るとわかるが、そのゲイのキャラクターはほんのごくわずかな見せ場はあるものの、性的少数者として描く必要はあったのかさっぱりわからない。

ゲイやレズの人が皆、社会の偏見に負けず本当の自分を貫く強い人間だ、という欺瞞よりはいいという人もいるかもしれない。

 

だが、僕は声を大にして言いたい。

「本当の自分」や「内面的な美」を謳う偽善100%物語の「美女と野獣」が、そしてディズニーが、お前らがやらずに誰が子供にそれを伝えるんだ、と。

 

いや、登場人物の人数から考えた割合的には性的少数者が一人いても全くもって自然なことだから、あえて自然な形で登場させたのだ、と言われたら僕は何も言い返せない。

きっとそうなんだろう。

 

 

ひとり言

ベルと野獣の恋は、どこをどう考えても「ストックホルム症候群」だと思う。

そういう意味では、野獣の存在と、擁護するベルの言葉に耳を貸さない村の人々の気持ちはわからないでもない。